引き寄せ研究室

実験そして考察。目に見えない、数値化できないものを紐解きたい。

手放したら(忘れたら)あっさり叶ってびびった話

年度が変わった最初の土日、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私は相変わらず鼻水まみれで過ごしております。

そんな状況でも、引き寄せってのは起こるんですよね。
しかも何の苦労もなく。

今日はそんなお話を。

龍の絵描きたい!

先週末、フラフラ買い物している時に本屋に立ち寄りました。
引き寄せなんていう客観的なデータのないものを検証対象にしてしまうと、いろいろな分野の本を読んでおいた方がいいわけです。
(目次立ち読みでざっくり吸収するレベルだけど)
そこで出会った本に、「龍使いになれる本」なるものがありまして。

「龍使い」になれる本

「龍使い」になれる本

厨二病な私だから、「龍使い」とかなりたいに決まってんじゃん!!
当然読むよね(笑)

本文と関係ないので本の内容は省きます。
読了後思ったのが「龍の絵描こう!!」ってこと。
キャンバス買って、久々にアクリル使ってガチで…って思ってたんだけど、色々用事を済ませていたらすっかり道具の準備を忘れて帰宅。
まあいいか、来週買いに行けばいいし。焦ることないっしょ。
そう思って完全に脳みそから消去。

そうしたら次の日。
近所の子が唐突に「ドラゴンの絵描いて!!」と。

は!?∑(゚Д゚) ってなった。マジで。

絵を描いてって言われたことはたくさんあるけど、ドラゴンとかのちょっと怖いやつじゃなくて、ポケモンとか妖怪ウォッチとかそんなんばっかだったのに。
何よ、このタイミング。
ついでに「ドラゴンボール」のキャラの絵も頼まれた。
いや、それはちょっと路線違うからって内心突っ込みを入れつつ描いてた(笑)

ずっと思うことは注文票を手元に置くことなのかも

「こんな願い叶ってもしゃーないし」って声があちらこちらから飛んできそうやなー(笑)
でも「願いの価値」なんてのは自分自身が決めているものであって、どんな願いも叶える側からしたら等価値なのかと*1

優劣なんてのは基本価値基準がなければ生まれないもの。
例えば子供に100円のお菓子を買ってあげる状況とかを考えて欲しいんだけど、
買う側としたら「100円」であれば何でもいい。
でも買ってもらう側は「おもちゃ付きのお菓子」を望む子もいれば、「うまい棒×10本」がいいって子もいるよね(消費税はスルー)。
その子の価値基準が、叶ったことに優劣を付けている。
それが現実に起こっていると思ってもらえば良いかな。


「宇宙に上手にお願いする法」という本があります。

宇宙に上手にお願いする法 (Successful wishing)

宇宙に上手にお願いする法 (Successful wishing)

確か注文票とかの表現はこの本だったと思うんだけど、違ったらごめん(手元に本ないのでまたゲットして訂正なり追記なりします)

追記:
思ってたのとはちょっと違ったけど、通販の表現はあってた。
注文票…どの本やったかな。
これはかなり良書かと思います。わかりやすい。

これも読んでも損はない本なので、図書館で借りたりでもいいので一読すると良いかと。
なんで手元にないんだ私。うーむわからん。
すっかり存在忘れてたし、再読しろって流れかなあ(笑)

願い続けるというのは、願いの注文票をずっと手元に置くことなんじゃないかと思うわけです。
amazonの買い物かごに入れてそのまま置きっぱなしみたいなもん。届くわけないやん。
だからあんまり「努力して」とかはいらんと思うのよね。
方法はいろいろある、でも最終地点は一緒。
ポイって投げてお任せ。今目の前に起こってることに善も悪もなく、ただ望むところへの最短ルートを進んでいるだけ。
だから私たちがやるべきは、「自分が真に何を望んでいるか」を明確にすることなのかと。

…って、偉そうに書いたけど、私もすぐこのこと忘れるんよなー(笑)
悩むな、ただ今を生きよ! って肝に銘じとこう。

*1:叶える側って表現もしっくりこないけど、他にいいのが見当たらないので使っておきます